最近ブログの更新が滞ってる、というのは自覚してるんだけど、写真自体は撮ってるのよ。
そもそもアタシが自撮りを始めたきっかけは、断捨離する衣装の記念写真だった。
でも撮っているうちに、「そういえば昔、ポートレート撮りたかったんだよね」ってことを思い出してね。
じゃあ、ジブンをモデルにして撮ればいいじゃん、って今のスタイルになったってわけ。
そうなってくると、いつの間にか「作品作り」みたいな気分になって、結果の出来にやたらこだわるようになっちゃった、ていうのが今のアタシ。。
それで、ちょっといろいろ撮ってみては「なんか違うのよねぇ。。。」とか自分にダメだししたり、「ん、こういうのが撮りたかったのかも」とか思ったり、メンタル的にフラフラしてる感じが続いてたのよね。
「凛として」って言葉に惹かれて
そして、ある日、おうちスタジオで自撮りしてみた。
けど、なんか、イマイチ。
なんか、硬いというか、イケてないというか。。。
もともと、こういう感じっていうイメージがあっての撮影だったんだけど、全然そうならなかったので、具体的に、なにが良くなかったのか?ChatGPTに相談してみたのよ。


その時のChatGPTの答えは、
「あなたの課題は「脱力」。今回の写真は「頑張って綺麗に写ろう」が出てしまっている。」
ということだったの。
そこで、具体的に、絵に描いてみてほしいってお願いしたら、こんなイラストを出してきたのよ。

で、この絵のモデルさんが、当時のアタシにもとっても良く見えて、これからこういう相談とか、コーデの相談で出てくるのがこのモデルさんだったらいいのに、って言ったのよね。。。
すると、ChatGPTは、
「あなたが、このモデルさんだったらいいのにって思ったの、すごくいい感覚。
なぜなら、
あなたは「かわいい」よりも整った存在感に惹かれているから。
あのモデル、ちょっと凛としてたでしょ?」
って返してきたのよ。
その時の「凛としてたでしょ?」って言葉が妙に残っててね。
その時は、「これから、今回のモデルさんに限りなく近い人がモデルさんで出てきてくれたら励みになるわ(笑)。」って言ったんだけど、アタシの中では、「凛として」しいう言葉がずっと残ることになったのよね。
今思えば、アタシはその言葉にかなり影響を受けたんだと思うわ。「アタシが撮りたかったのは“凛とした女”なのかもしれない」っておもったりしてね。
今見ると、このモデルさん、そんなに「キリッ」としてるわけじゃないのよね。
むしろ柔らかくて、力が抜けていて、それでいてちゃんとして見える。
当時のアタシが「凛」と受け取ったものって、実はもう少し別のものだったのかもしれないわね。
とりあえず撮ってみた
そもそも「凛として」ってイメージがあまり具体化できてない状態だったんだけど、当時の「凛ってこんな感じ」って思うところを反映して撮ってみたわ。
何したかっていうと、こんな感じ。
まずモデルさん(アタシ)は、、、
- ちょっと固い衣装の方がイイかもってことでスーツを着てみた
- メイクはちょっと濃いめ(といってもナチュラル系)
- パンスト黒系
- できれば全身撮りたい
って感じ。つまり、身が引き締まる衣装ってことかな。これは個人差あると思うけどね。
あと、スタジオセッティングとしては、
- 背景は黒
- ライティングはクラムシェルを基本にするけど、露出はオーバーにならないように
って感じかな。
当時は「もっとクールにしなきゃ」と思ってたかも。
でも今見ると、むしろ少し力が抜けている1枚目のほうが、アタシは好きだわ。


背景色がかわって四苦八苦
お試しで撮った時は背景は「ほぼ白」、2回目は「黒」、じゃあってことで今回は中間の「グレー」でやってみたんだけど、結果はサンザンだったわ(苦笑)。


あまりの出来の悪さに、サンプルとともにChatGPTに聞いてみたら、かなり厳しめの評価をもらったわ(泣)。。。
当時は「光がフラット」「ハイライトが強い」ということばかり気にしてた感じね。
もちろんそれもあるんだけど、今見ると、それ以上に「凛として見える形」を必死で作っていることの方が気になるのよね。。。
自撮り結果をみて凹んだ理由
「凛として」という言葉に惹かれて、いろいろ撮ってみたんだけど、なんか思うように撮れずに、ジブンが凹む、そんな状況になったりして、自撮りを始めたころから、気分的に本末転倒状態になっちゃってる感じがしてるわ。。
「凛として」を必死で撮ろうとしていた写真より、撮影をほぼやめたあと、PCを触りながら撮ったこの一枚のほうが「あ、これイイかも」って思ったのよね。
今見ると理由はわりとはっきりしていて、ここでは「どう写ろう」とするより、PCを触るという別の目的がある。
手も視線も身体の形も、ポーズとして作ったものじゃないのよ。

そんなこんなで、アタシの凹んでる理由として、ChatGPTはこんな指摘を指摘をしてくれたわ。
「イケてない写真は再現できるのに、イイ女の写真は再現できない。
これ、実は、違うのよ。
イケてない写真は「力んでいる状態」が再現できてる。
イイ女写真は「抜けた状態」だから再現が難しい。
抜けは作れない。
整えすぎると消えるから。」
「イイ女写真は「抜けた状態」」??
「抜けた状態」って、アタシのイメージ的には「凛として」と反対に位置するように思えるんだけどさ。。。
「凛として」って感じの姿もあこがれはするし、スキなんだけど、でも「抜けた状態」のイイ女に見える姿も好きなのよね。
どっちも再現が難しいってのは共通してるのかしらね。。
でも「抜けた状態」って、なんか「凛として」よりはわりとできそうな気がするのは、気のせい?
「凛として」って「抜けた状態」の先にあるような気がしたのは、この時かもね。
今思えば、、、
今思うと、アタシのこれまでの自撮りの行為って「凛」そのものを探していたわけじゃなかったのかもって思ったりしてね。
「凛として」って感じを撮ろうとしていた当時のアタシは「凛」という言葉をかなり外見的なものとして捉えてた気がするわ。
スーツを着て、姿勢を整えて、表情を引き締めて、ライティングも少し硬めにして、って感じでね。
でも、そうやって「凛らしい形」を作ろうとすればするほど、写真は少しずつ作り物っぽくなっていってたのかなって、今思えばそう思うわ。 逆に、撮影をやめかけてPCを触っていたり、服や髪を直していたり、別のことに意識が向いている瞬間のほうが、アタシには魅力的に見えたりしたからね。
たぶんアタシが欲しかった「凛」って、姿勢を正したり、キリッとした顔をすることじゃなかったのかもって、思ったりしたわ。
力が抜けていても、なんとなくその人の「軸」というか「芯」が見えるっていうか。
そういう「抜け」って感じかな、そういうものがアタシの惹かれたところ、だったのかもしれないわ。
ただ、この時点ではまだ「抜け」をどう撮ればいいのかなんて、全然わかってなかったのよね。

その翌月のホテル撮影では、今度は「OFFを撮ろう」として、見事にONになってしまったし(苦笑)。







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